●第26号掲載分(1999年1月5日)

today24

新年おめでとうございます。’99年も新しいきもちで元気よくいきたいです。よい一年でありますように。
12月30日、最後にキュッキュッと窓を拭いて19:30頃、私は部屋を出ました。昼ま買っておいたきんかんと近所の名物お菓子を持って、家へ向かう。途中、バイトの学生がまだ仕事で店頭に立っていた。思わず心の底から“がんばれ!”と思う。なぜなら…その寒さを私は知っている。 学生の頃、そういうバイトをしたことがあります。頬は凍り、手足の先はかたまってロボットみたい、最後はあまりの寒さに体が震えてきて、びっくりしたものでした。彼もあの後、充実感とともにおいしく熱いものでも食べたかなあ、と思いつつ家に着くと、「オー、ノー!!」
なんと全員が風邪をひいていた。感じわるいかナと思いながらも、今、風邪をもらう訳にはいかないので、にっこりとマスクごしに家族と過ごす楽しいお正月です。

あなたの1998年はどうでしたか? 嬉しいこと、つらいこと、優しかった人、ちょっと困った人、いろんな事があったのでは、と思います。引き続き抱えてるものがある人もいるかもしれないですね。
私は忙しく、とても嬉しい一年でした。次々と湧きあがる想いを、たくさん歌にできてよかった。 あ、でも、年末にひとつ、ずっと以前に作った曲についてのトラブルが飛び込んできて、一度がっくり力が抜けました。こういう時です。私が「神様、私はそんなに悪いことをしていますか? これは何への罰ですか?」と思ってしまうのは。ひとしきり一人でブツブツ言ってから、もう気持ちを切り換えることにしました。(そんなにカンタンではないけどサ)
今、一番つよく思っているのは、「人はひとりだよ。でも、ひとりぼっちじゃないんだよね。」ということ。ときどき、何かに向かっている時にすごく孤独に思えることがあるけれど、それは当然のこと。人はひとりひとりが、すごく“それぞれ”で、誰も誰かの代わりにはなれない、そこがすばらしいのだもの。困難にぶちあたった時、その孤独感をこわがらずに、まずは、ちゃんと自分でみすえたい。
だけど、かたくなになる必要は全然なくて、ひとりじゃダメな時は助けてもらったり優しくしたりされたりできるってことを信じてて大丈夫、というのも生きている醍醐味。人はひとりだ、でもひとりじゃないんだよね、でも孤独で・・、だけどひとりぼっちではなくて…と、この辺のことを健全なセンスで理解しておくことは、生きる上でかなり重要、と思ってます。
それから、自分から心を開くことの大切さ。「心を開く」なんて言葉、前はもう少し、詞の上での遠い言葉に思えていたけれど、長く生きていると、体験をつうじて実感としてわかる、って感じが増えてくる。心を開く、せつない、なんていうのもそうです。
私より年若きみなさま、大人になっていくというのはこのようにすばらしく、もう大人になったと思っても、まだまだその先もっと大人になってゆけるので、どうぞ、あなたのこれからをお楽しみにね。未来には、いやな事よりステキな事のほうが絶対にいっぱい待ってる。あらためて、あなたの1999年がよい年でありますように!

新春打ち明け話「春が来た」の中に、私はこの春への願いをこめて、あるメッセージを入れていたのです。“こころ澄まし 身を投げ出せ”のあと、次の“むずかしくしないでね”までの間奏のところ。ボコーダーという機械で、「アンタ宇宙人?!」という声になっているのですけれど、私は次のように歌ったのでした。Now spring has come, yeah.Won’t you come and join us in the spring of 1999?It’s a promise!

新春シャンソンショー今朝、ふと浮かんだこの早口言葉。私は何度やっても シンシュン シャンション…のリピートになってしまい、今、なかば意地になって練習している。 あなたは言えますか?

大家新年好。希望自己在99年能有一个崭新的心情。也祝大家能度过美好的一年。
12月31日,趁最后时间擦了下窗,然后便出门去了。提着白天买的金橘和附近有名的小点心,兴冲冲地向家走去。(引者注:这里的意思应该是离开平时租的房间,回真正的家)途中,发现还有打工的学生站在店门口工作。心底不禁暗暗为他们鼓劲:“加油!!”。为什么呢……因为这份寒意我也有亲身的体会。学生的时候,自己也做过这样的打工。脸冻得红红的,手脚僵硬像个机器人一样。到最后整个人冷的发抖起来,实在是段痛苦的回忆。那个孩子工作结束之后是不是也有热乎乎的晚餐等着他呢,一边想着一边推开家门。“Oh!No!”
家里人竟然全都感冒了。虽然感觉有些奇怪,但为了不被染上感冒,还是戴着口罩和家里人度过了新年。

你的1998年过的怎么样呢?开心的事,痛苦的事,万事顺心的人,还有碰到些麻烦的人,是不是遇到了许许多多这样的人或事呢。或许有些在今后一段时间还会是你生活中很重要的一部分呢。
我自己的1988年,忙碌而又愉快。能将自己心中涌现的想法写进歌里,真的很开心。啊,不过,年尾的时候,因为很久前写的一首曲子,被卷进了一些麻烦中去。一时间整个人都沮丧的不行。自己一直在想,“神呐,我是不是做了什么错事呢?这是不是对我的惩罚呢?”。不过一个人叽叽咕咕说了一通之后,心情倒也舒畅了许多(当然也没这么简单罗)。
现在的我,强烈地感受到这样一句话,“人是独自一个人生活的。但是只有一个人是绝对不行的。”有时,当你准备做某件事的时候,会有一种非常孤独的感觉,这也是没有办法的事。每个人都是一个一个的个体,都有着只属于自己的世界,谁也无法成为谁的替代品。但这也是一件很美妙的事情。所以当你你碰到困难时,不去害怕它,要坚定地展现出属于自己的一面。
但是,你也不必太过于执拗。当一个人无法承担的时候,请你相信,一定会有人来帮助你。这件事,或许便是所谓人生的醍醐之味吧。人是独自一个人生活的。但是一个人是不行的,一个人是孤独无助的……但你绝不是一个人……当你能很好地理解这件事时,你的人生必定会变得更加绚丽。
当然,自己敞开心扉也是十分重要的。“敞开心扉”,从前认为这是一个离自己很远的单词。但当到了一定的年纪,便会在自己的生活中实际体会到。敞开心扉也好,酸甜苦辣也好,都是如此。比我年轻的各位朋友,成为大人是件如此伟大的事。即使觉得自己已经成为了大人,其实面前还有很长的路等着你去走。请你期待你的未来吧。那里一定有许多比现在更加美好的事物等待着你。再一次祝大家度过一个美好的1999年!

新春拜年
《春が来た》那首歌,我在某句message里,加进了自己对于这个春天的祈愿。是在“こころ澄まし 身を投げ出せ”到“むずかしくしないでね”的那段间奏里。用了一种叫ボコーダー的软件,把自己的声音变成了好像外星人似的,但其实我是这么唱的。Now spring has come, yeah.Won’t you come and join us in the spring of 1999?It’s a promise!
新春シャンソンショー(译者注:shinshun shansonshou 这是日本的一句绕口令 个人觉得比中文的绕口令简单多了)
今天早上,突然想起了这句绕口令。我自己试了好多次,但总是读成shinshun shanshon…(译者注:shinshun是新春,后面半句读错了)现在基本是一边和自己闹别扭一边在练……你能读的好吗?