●第4号掲載分(1996年12月27日)

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冬休みの晴れた午後、とりとめのない話、言葉がつらつらと浮かんできました。
こっくりさん——知っていますか? 10円玉の上に2~3人で人さし指をのせて、あいうえお順に字を書いた紙の上を、”無意識”ですべらせて、それがこっくりさんのお告げだ、と言うもの。
以前すごく流行して、確か私の中学では「禁止」になったんだったと思います。帰り道の途中で、私たちも毎日やりました。
「○○先生は△△先生のことが好きですか?」とか「マラソン大会の1位は誰ですか?」などのくだらない質問を延々と続けていたある日のこと。3人の指をのせた10円玉がスーッと動き出して、
ヨリミチヲシナイデ ハヤク カエリナサイ と出た。「キャー!こっくりさんが怒ってる。」私たちは走って帰り、それからもう二度としませんでした。
ぱっと興味をひかれ、だーっとのめり込んで、ある日スッと引く。そういうものが今までにいくつあっただろうか、、、ちょっと考えてしまいました。
好き——好きな人のことで、「どこが?」とか「どうして好きなの?」と聞かれて言葉につまるときがあります。その時の心の中は「わからないけど、、。理由はないけど、、。」 でも、好きという気持ちは、実はそこがポイントではないかしらと思いました。最初にはっとして、気がついたときはもう好きで、心とらわれて一色になってる。その人を喜ばせたかったり、自分も頑張りたくなったり、今まで気づかなかったことがわかってきたり。 理由や理屈でなく、誰かや何かを好きで、夢中になっている時って、本当にその時だけの素敵なきもち。そして、ほんの少しだけ正気になった時、「ああ、本当に夢中だったんだ。」と、またそこでしみじみと思うのだろうな。
腰が重い——これは、私が「よくないこと」と思っているもののひとつです。何かする時に、「あ~あ」と思ってよろよろと立ち上がって向かうのと、「さあ、行くぞ!」で向かうのとでは、楽しさも全然違ってくると思う。大人になってくると、何かに対して、つい、「こんなものだろう」と先が読めてしまって腰が重くなるときがあるけれど、それは違う、と時々気を引きしめようと思います。何事にも、身軽にひょいっと、みずみずしい気持ちで向かおう。そう、これを1997年の、ひそかな心の目標にしよう。
ドーナツとコーヒー——思えば、ここ何年も入っていないミスタードーナツ。昔、よく行っていた頃、私が好きだったのは、オールドファッションとフレンチクルーラーでした。そして、ふだん日本茶&紅茶党の私も、ドーナツには、アメリカンなコーヒー。今、頭の中がドーナツになってしまい、困っている。お正月も24時間営業だろうか。働く人にとっては大変。
競争——あなたは今、そういう環境の中ですか? 競争とかライバルというのは、負けず嫌いサンにとっては重要な事なのでしょうが、私自身は、どんなものかなと思っています。 人に勝つのは嬉しく、負けるのは悲しいという価値観、土俵に限り、”競争”は成立。そうでない人にとってはヘのかっぱ、という気がする。この辺、何か超越しているらしき人をみかけると、ちょっと嬉しくなって、憧れてしまいます。自分の人生を歩けるのは、自分だということを知っていて大切にできる人の勇気は、とってもうらやましく素敵に見える。
1997年1月——旅行の予定はハウステンボス。カースケイクという、有名なチーズケーキは絶対に食べよう。途中1日、ホテルから長崎のスタジオに行き、友達の自主制作CDの、コーラスのお手伝いをする予定。のんびり泊まろうと思います。そして、帰ってきたら、今までの最高新記録くらいに、たくさん詞と曲を作りたい。

寒假里一个晴朗的午后,脑海里突然飘入了一些毫无关联的记忆片段。
占卜 ――你知道吗?两三个人用食指压在一枚十元硬币的上面,在一张按顺序写有假名的纸上,无意识地移动,然后出现的句子就是所谓的神的谕告。
以前这种占卜非常的流行,但我记得自己上的中学是明令禁止的。但在放学回家的路上,我们却经常会玩这个。占卜一些类似“谁是不是喜欢谁啊……”、“马拉松比赛谁会赢啊”等等这类无聊的问题。某天,当我们三人压着一枚十元硬币玩的时候,纸上出现了
不要到处乱逛 快点回家 (–_–||| 真的假的……) “啊!神仙生气了。”我们吓得飞似地跑回了家,之后就再也没有玩过。 对某件事突然产生兴趣,一下子沉迷其中,而某天又突然间不再去触碰。 想一想的话……现在大概也有一些类似的事吧。
喜欢 ――关于喜欢的那个人,经常会被人问及说“你喜欢他哪里呢?”或是“你为什么喜欢他呢?”等等。那时自己心里就会想:“我也不知道啊……没有什么理由啊……” 但我想喜欢一个人,实际上是没有什么特殊原因的。当自己惊讶地意识到本人真实的心情时,早就已无可救药地爱上了他,心为他所俘获,思想产生共鸣。想使他更加的快乐,想使自己更加的完美,了解了许多过往的自己丝毫没有注意的事情。 排除一切的理由与借口,真心真意喜欢着某个人或某件事的时候,他的身上会散发出一种此时此刻才有的魅力。 然后稍许清醒一些的时候,又会细细地去回想说:“啊,刚才真的是灵魂出窍了。”
懒惰 ――这是我认为“不好的事情”其中之一。 有些人一到干活的时候,就整天唉声叹气、拖拖拉拉,而另一些人则是“好,上吧!”这般充满干劲,两相比较,给人以截然相反的感觉。如果思想成熟一些的话,对一件事刚开始可能会有“啊啊,仅此而已啊”这种想法从而缺乏干劲,但一旦意识到重要性之后,就会重新聚精会神起来。以后无论遇到什么事,都要以轻松清爽的心态去面对它。是的,这就是我为1997年的自己所偷偷定下的目标。
甜面圈和咖啡 ――回想起来,眼前这家甜面圈屋好像有许多年都没有来过了。以前经常去的时候,我最为钟情的是那里原味以及法式的面包圈。所以,一向只喝清茶和红茶的我,在吃甜面圈的时候,也会配上一杯美式咖啡。现在自己整个脑子里想的都是甜面圈,好想吃呐。不过就连正月(译者注:在日本,正月即公历1月,但多数时间是指1号至7号的一个星期)也要24小时营业。想想工作的人也真是辛苦啊。
竞争 ――你现在也处在这样的氛围中吗?竞争和对手,对于不愿服输的人而言是生活中不可或缺的一部分,但就我个人而言,却不是十分地了解其中的感受。胜则喜,败则忧,这对于某些好胜的人就是所谓竞争的定义。而在旁人眼里却是无关痛痒的小事。在我的身边,同样也生活着一些不断去挑战与翻越障碍的人,看着他们心里往往会涌上一股暖流,萌发一丝敬佩。不看别人眼光坚持走着自己的路,了解自身的实力并将它发挥至极致,这种人的勇气是我最为歆羡与向往的
1997年1月 ――旅行的目的地是ハウステンボス(译者注:长崎县地名)。一定要吃到传说中那道叫カースケイク的奶酪蛋糕。旅途中还要抽出一天,从饭店到长崎的录音室去一趟,事先已经和一位朋友约好要在她自制的CD中帮忙唱合唱部分。 准备悠闲地度过这个假期。在回来之后,重新以最佳状态投入到新的词曲创作中去。